2019年1月11日金曜日

初オリジナル・メイキング(歌詞)Blog Vo.40

写真:昨年の世田谷GGでのライブにて

初チャレンジの作詞頑張ってみましたよ。まだまだですけど、曲が育っていく過程を含めて親しみ応援してもらえると嬉しいですm(__)m

今年初回ライブ3/9.Sat.ゴキゲンヤガレージで完成形をお披露目できるかな♪
よかったらぜひ応援&観に来てね~(^^♪🍀

Everlasting Love

作曲:周防泰臣 作詞:Shuken


目を閉じて 耳をすましても
今はもう聞こえない
包まれるような 暖かい声
忘れない 微笑んで 輝いてた

さよならで 気づくやさしさ
言葉にならない孤独
濡らした頬は きっと知ってる
もどかしくて 悔しくて 切なくても oh

Ah Everlasting love for you
明日は見えなくても 繋がってく 思い

色褪せた 日々は切ないだけじゃないさ
時を越えても
同じ空 道は分かれてもきっと見上げてる
君と今を生きて

懐かしい あの日の写真 そっと手を伸ばす君
愛の行方を 見失った日々
傷ついても 間違っても そばにいたい Oh

Ah Everlasting love for you
明日は見えなくても 繋がってく 思い

色褪せた 日々は切ないだけじゃないさ
時を越えても
同じ空 道は分かれてもきっと見上げてる
君と今を生きて

手を伸ばしても届かない 遥かなる日々

Sax Solo

Ah Everlasting love for you
なりたい自分に近づいてるのかな
繋がってく 思い

色褪せた 日々は切ないだけじゃないさ
時を越えても
泣きながら 守りながら紡いでいく今
君とまたそばで

◆周防氏紹介

職業:音楽家。昨年末に作詞作曲「宇多田ヒカル」・歌手「島津亜矢」の「First Love」で「第60回日本レコード大賞・企画賞」を編曲担当として受賞✨。現在アレンジャーとして多方面で活躍中。

私シュウケンとは学生時代よりバンド活動を共にし1年半前約20年ぶりに再会。ゴスペルサウンドを軸にした大世帯バンド、エターナル・グローリー・トーキョー(略称:E.G.T.)結成。リーダー&ベーシスト。





2019年1月5日土曜日

Mr.周防『日本レコード大賞企画賞』を受賞!




一週間経っても嬉しいね!誇らしいね!

我ら「エターナル・グローリー・トーキョー」のバンドマスターの周防氏が昨年暮れの「第60回日本レコード大賞・企画賞」を編曲担当として受賞した!

彼からしてみればアレンジャーを生業としているので仕事の一環なのかも知れないけど、身近な仲間としてはこれは何とも嬉しく誇らしいことだわさっ!めでたい!改めておめでとう♪

 

昨年暮れ12月30日、その夜自分は呑みイベントで朝まで深酒。FBでその偉業を知って「超いいね」を返したものの、ちゃんとお祝いを伝えていなかったので改めてMy Blogでその栄誉を称えたい。


彼がアレンジャーの仕事をしているのを知ったのは20年ほど前だっただろうか。確か石嶺聡子のアルバムかライブツアーのアレンジ担当だったと思う。

それから長い長いときを経て一年半前に再会。再びバンドとして当時やっていたコンテンポリラーゴスペルやブラックミュージックを軸にまた一緒にバンド「エターナル・グローリー・トーキョー」として活動することとなった。

その後のアレンジャーの仕事ぶりは詳しくはわからなかったけど、頻繁にテレビ局に出入りしたり立派なスタジオでのレコーディングなど活躍している様子を何となく伝わっていた。でもまさかこんな賞を受賞するとは!

立派なことだわさ。改めてめでたい!おめでとう♪


昨年はツアーを含めて4回ライブを。そして今その周防が作曲もして、私やメンバーが作詞にチャレンジしている。今年初回ライブも3/9.Sat.世田谷ゴキゲンヤ・ガレージで予定。これからも公私共々活躍を期待してるわさっ!



2018年12月2日日曜日

Blog Vol.38 ラスタンザ ⇒ インジャゴ(輝子さん♪)


無茶ぶり飛び入りにライブ後の輝子さんもカホン参加


南林間(ラスタンザ)⇒桜ヶ丘(インジャゴ)、これ駅にして3駅・7分(^^;これなら行けるかも!と思ったところからエロ・エモ・ヤバのはじまり🎵

🔶 ラスタンザ O.M.

まずは南林間・ラスタンザのオープンマイクへ約1年半ぶりに参加させていただきました。以前お店と自分をつないでくれた故人・こはさん(品川さん)の友達の女性が応援に観に来てくれるとのことで約束していたのでした♪




武蔵さんとも超久々だったし、こぎろおるのUZUさんもいて、久々ながらもなんかホッとした雰囲気の中、初めましての方々ともご一緒に約2時間O.M.の楽しいひとときを過ごさせていただき、ありがとうございました~🍀😊

🔶 そして、インジャゴへ。

お目当てはホンマ輝子さん。ライブは間に合わなくてもどうしても会ってお酒の一杯もご一緒したかったのでした。そしたら、輝子さんの最後2曲ほど聞くことができてよかった♪相変わらずの楽しいステージ!知性とセンスを感じさせる歌&エロエンタメ最高っした👍



そのあとはインジャゴ・JUNさんのFBアップのようなことで😆当日出演のコロ助さん・ミルコさんやそのお友達で飛び入り参加もしたアーティストのもえさん、そしてそのお友達、またお店のお客様の濃いキャラのひでさんと初めて会った人たちと楽しいひとときでした~って帰ろうと思ったら・・・。



ほんとこんな展開での朝までは数十年ぶり。お酒は強くないんだけど、やっぱ楽しんだね~♪😂若い人たちと楽しくエロくてエモい時間を一緒させてもらって、なんか自分元気だなぁ~って、そして元気もらったなぁ~って。



みんなで「出た~!」って🤣インジャゴのポロリ動画カラオケはぜひ行って体験してください。エロさとお笑いのダブルで、ほんともっこし&腹から笑ったわさ🤣

想定外の羽目外しもたまにはエエよね~(^^♪
Injago・Junさん、ありがとう♪🍀

2018年10月31日水曜日

おばあちゃん ~ 愛しのグランマ Blog Vol.37


たまに思い溢れて散文を書こうという気になります。「愛しのグランマ」~って、なんか曲のタイトルみたいになりましたね(^^; エッセイとしては普通だと思いますが、ブログにしてはちょっと文章量があるでしょうか。お時間があればお付き合いいただければと思います。

一般的に「おばあちゃん」は優しく穏やかなイメージがありますよね。中でも亡き私のおばあちゃんは自慢になりますけど、お茶目で愛溢れる抜群に素敵な女性でした。今でも思い出すだけで心が優しい気持ちでいっぱいになります。

私の子供の頃の話を少々。

我が家は特に決まった宗教を信仰するわけではなく、法事なども地方の仏式・和式のものでした。でも実家石川県に暮らす家族・親族の中で、ひとりだけ九州・鹿児島県種子島出身のおばあちゃんは、とても熱心なカトリック系のクリスチャンだったのです。

今でも思い出すのは教会で頭をベールで覆い、手を組みひざまずいて祈りを捧げる姿です。そして初孫の私は幼児洗礼を受け教会の隣のテレジア幼稚園へ通うことに。

スマホタップで画像アップ

そのおばあちゃんの夫、つまり私のおじいちゃんは人情派の立派な刑事でしたが、その息子たち(つまり私の父やその兄弟たち)は逆に立派な人といえる者ではなく、どちらかというと問題ばかりを起こす大人たちでした。

なので、おばあちゃんはいつも経済的にも彼らの尻拭いをしていた記憶があって…、当たり前かも知れないけれど、自分のことは後回しで息子たちや困っている人を助けることを優先していた人でした。

私の父はもう亡くなりましたが、お陰様で今のおかあさんや妹たちとはとても仲良くさせてもらって私はいま幸せです。ただ、子供の頃は父が離婚・再婚を数回繰り返していたので、穏やかな家庭ではありませんでした。

そんな中、自分はグレることはなかったけれど、たまに悪さをしたりして、父が怒って私に手をあげようとしたときも、おばあちゃんは盾になり「この子をぶつのなら、その前に私を殴りなさい」と父に言った場面は今も強烈に記憶に残っています。

さて、子供時代の話が長くなりましたけど、祖母の愛や考え方が歳を重ねた自分にも根付いていることも少しあるのかなと最近感じることも増えてきました。


◆ひとと自分への「許し」

例えば私は消費者として、商品に不具合があったり、また大事な場面でのサービスにプロとしての意識の低さを感じたときは、少し厳し目に対応することがあります。ましてや泣き寝入りすることはぜったいありません。

ただ、一方同じ感情(特に怒りなど)の位置に自分を置き続けることもありません。なぜなら自分もミスもするし、気づかずに人を不愉快にさせたり傷つけたりすることがあったと思うからです。

ネガティブな感情に心を置き続けることは何も生産的なことはないことをよく知っています。生きていると理不尽なことや自分の信条にあわないこと、また、納得できないことが少なからずありますから。

若いときは自分が正しいと思えば、条件反射的にディベートしたりしていた時期もあったと思いますが、今は相手の考え方や生き方、また環境を思い、たとえ納得できなくても、ひと呼吸おいて考え行動したり、人を許し・自分を許すことが以前に比べできるようになってきたように思います。(いうほど私は厳しい人間ではありませんが…(^^;)

その「ひと呼吸」おくとき、人はそれぞれいろんな方法やパターンがあるのではと最近感じるようになりました。私の場合は「大好きなおばあちゃんだったら、こんな場合なんて言うだろう・どう行動するだろうか」と考えています。

というのも、おばあちゃんの対応や行動・口動は一見おバカでお人よしに見えても、いつも最終的には愛に満ち溢れ、たくさんの人たちから感謝され愛されていたから。

さて、自分もあと数年で還暦を迎えますが、まだまだその域にはほど遠いと思っています。独り暮らしをしているせいもあってか、まず自分を守ってそのうえでできるかぎり誰かのために動ければという程度なのです。もっと精進しなくては…。

小学校入学式では母でなく
隣に祖母がいてくれて嬉しかった

なにか共感を求めるものでもないし、価値観を押し付けるつもりも毛頭ありません。ただ、ただ、僕の人生の一番身近にいた一番素敵な女性のおばあちゃんを思い出したのです。

思春期の頃、事情と僕のわがままもあっておばあちゃんと二人暮らしの時代も数年あったのですが、おばあちゃんはお酒も少々呑んだし、ほろ酔いになるとよく亡くなったおじいちゃんとのラブストーリーを聞かせてくれました。

おばあちゃんは何度も同じ話をするのですが、優しくまたロマンティックにそっと語るその物語り・そしてその時間が僕はほんとうに大好きでした(^^

身の回りで辛いことや理不尽なことがあっても、その話を聞くととても心が穏やかになって優しい気持ちに包まれたものです。

お茶目で可愛いく、またどこか神々しいところもあったおばあちゃん。僕はそんなおばあちゃんが大好きだし、男であっても人間として彼女のような人にいつかなれたらと思っています。

人生の最終電車に乗るような頃には一歩でも近づきたいと…。

書きながら何だか懐かしさと温もりを思い出して涙が溢れてきてしまいました…。思いつくまま書いてみたし、こんなわたくしごとの長文に最後までお付き合いいただいて、どうもありがとうございました m(__)m

2018年9月25日火曜日

親切と微笑み Blog Vol.36



今朝の出来事。この話には自分と見知らぬ若い女性二人が登場します。特に一人の女性と私の心の動きに注目して読んでもらえると面白いかもです🍀(オチは期待しないでね🤣

今日は一日新宿で仕事。朝8時頃、町田から新宿行きの小田急快速急行に乗車。普段ピークの移動は避けるのだけど、今日は通勤ラッシュに乗って気分も憂鬱。「満員だぁ・・・。」

最初の駅「新百合ヶ丘」で目の前の座ってた人が降車。「おっ、座れる!」まぁついてると思って座ったところからこのお話が始まります。

すると、となりの寝てた若い女性が5分もしないうちに、頭をもたれかけてきた。もたれかたが半端なく凄い・ヤバい😱

肩にもたれるどころではなく、もう私の首筋にピッタリくっつくくらいだ。悪い気はしないけど、あまりの大胆無防備さに驚いたわ!(この女性は後にまた登場します・・・脇役で^^)

さて、ここからがメインストーリー。目の前にまた20代半ばくらいの別の女性が窮屈そうに立っている。とっても素敵な女性だ。

よく見てみると背中にはディバッグ、そして足元にはビニール袋いっぱいのお土産。そして、片手で吊革を持ち、さらにもう片手には紙袋にお菓子らしきお土産がこれまたいっぱい。

たぶん、休日の旅行土産で、連休明けの今日職場へ持っていって配るんだろうなぁと想像しながら見ていたら、電車は揺れ満員状況が半端なくて、その片手の紙袋お土産袋が人と角のレールに挟まったりで、あぁ、紙の取っ手が破れそう・・・、さらに姿勢も辛そうだ・・・。

「どうぞ、私の膝の上に置いてもらっていいですよ」などと気軽に親切を言いたいところだけど、なぜか恥ずかしくて言葉がでない。

周りの人たちに仰々しい親切に映らないだろうか・・・などと勇気がでない。ん~、情けなくカッコ悪いなぁ俺・・・と思ったり。

しかし、今朝は悪シュウケンではない!意を決して、その女性の腕のあたりをツンとおして、その押した指で自分の膝の上を指差し、つかさず顔を上げ女性の目をみて視線を自分の膝へ落として、一言小声で「どうぞ」と言ってみた。

すると、その女性は私の気持ちと状況を一瞬で理解したようで、躊躇することなく即わたしの膝へお土産いっぱいの紙袋を預け「ありがとうございます。」と優しく微笑んだ。

小さな親切だけどアクションしてよかったと安堵しながら、周りをみてみるとほかの人たちは立ち寝してたりスマホしたりで案外気づかれてない様子で、仰々しい親切の押し売りにならなくてよかったと再び思った。

でも、なぜか恥ずかしくて、その女性とはしばらく目を合わせられず下を向いていた・・・そのとき!

となりの自分の首筋まで頭を持たれかけて爆睡している女性が、「がっくん」となった。普通そうなると、はたと我に返ってもとに姿勢に一度戻りますよね~。

しかし、なんとその女性は何を安心してるのか、がっくんしてもいっこうにもたれかかったまま爆睡して、しばらくしてまた「がっくん」を繰り返すのだわさ(^^;

何か自分もおかしくなってきてうつむきながらそっと微笑んでいたら、何やら視線を感じるんだよね~。見上げたら、荷物を預けたその女性も優しく微笑んでるだわ~。

そんなかんだでそこから新宿までの約20分ほどの間、私と目の前の女性はとなりが「がっくん」するたびに、二人で会話を交わすこともなく、ただ目を合わせて微笑みあう時間が続きました。

新宿に到着すると、となりの「爆睡がっくん首筋まで頭もたれ女」は何事もなかったようにそそくさと先に降車🤣

そして、前の女性は私からお土産の詰まった紙袋を受け取ると、最後に微笑みではなく満面の笑顔で「どうもありがとうございました~(^^♪」と丁寧に挨拶をして、お互い降車してそれぞれの道を行きました🍀

なんといったらいいか、躊躇しながらも思わぬ小さな親切を何とかすることができたことと、そしてそれがきっかけでちょっと愉快なひとときと心に爽やかなそよ風が吹いて、今日一日とってもいい気分で仕事ができましたょ~(^^♪

2018年8月24日金曜日

『彼は逝った』Blog Vol.35


もってあと2・3ヶ月。との情報が入ったのが2日前のこと。そこから容態急変。昨日早朝4時過ぎ、音楽活動再開して最初に出会った友達が空へと旅立った。

◆ 昨日の出来事

朝5時前、親しくさせてもらっていたミュージック・バーのオーナーさんから第一報が入った。Kさん(以下故人をKさんとさせていただきます)に心を寄せ、中でもお見舞いにもよく行っていた様子の私の知る友達5人とメッセのグループスレッドを作って連絡共有。

遠方より息子さんが駆け付けて何とかギリ間に合い看取ったらしいことは知ったけど、あまりに急だったので、私の自宅から比較的近いこともあって、何はともあれ仕事を休むことを決め病院へ駆けつけた。

最初にとても小さくなったKさんをみて、また息子さんをみて(Kさん同様アーティストであり、その歌声は何とも素晴らしく何度かご一緒したことがあったので)、やはりこみ上げてくるものがあった・・・。

思っていた以上に落ち着いていた息子さんに挨拶をして、Kさんの顔をみるとそれはそれは穏やかで優しい亡き顔。

少し触れてみる。もちろん冷たい。でも、何とも優しい表情に何か救われた気がした。

それからの半日余りの時間は、息子さんの隣にいていろいろ話したり、とにかく息子さんは悲しんでいる暇もないくらい、病院・親族・市役所・ケースワーカー・葬儀社への連絡・対応が忙しいのを隣で微力ながらご一緒させていただいた。

その間も事務書類受け取りなど手伝いながら、その後主治医の先生からの経過説明・急変の状況などの診断・説明も息子さんと一緒にお話を聞くことができた。最後、呼吸困難に至った経緯などは想像するにさぞかし痛く辛かったろうにと思いながら。

続いて、当日お見舞い予定だったお友達2人も悲しい知らせを聞いて駆け付け、病室で会うことができたのは幸いだった。それから1時間ほどで午前中に息子さんが奮闘して段取りした葬儀社が到着。霊安所でお線香をあげ車が見えなくなるまで見送った。



◆ Kさんと出会って

人生半ばを過ぎての友達、出会って2年足らずの付き合い。親友といえるものではなかったかも知れないし、好みのジャンルが違ったりすごく仲良しといえるほどでもなかったけど、音楽を愛する思いやお茶目な人柄など、おバカばかりいいながらも、憎めない男でした。

オープンマイクで一緒することが多く、まだ活動再開当初の自信がなくよく凹んでた私を誉め励ましてくれ、何度も書きますが一緒のおバカな話をして和ませてくれた男でした。

病院の面会などでお男同士で二人で、何度も過去の悪さ話を武勇伝のようにお互い話しているとあっという間に時間が過ぎて笑顔が絶えなかった。

肺癌ステージ4と宣告され、私に知らせてくれたのが昨年10月頃。いや9月だったか。それから、事情を知って、恐縮と思いながらも私の音楽活動1周年記念配信ライブに友情出演依頼をしたところ、「ぜひ参加したい」と二つ返事。

結局当日は容態が優れず、それでもラジオ出演的に電話で参加・出演してくれて、皆に闘病生活や思いを語ってくれたことを今も忘れない。

後で聞いたけど、2017年の年を越せないかも知れない様子だったことを思うと、昨日までよく頑張ったとつくづく思う。SNSで自らカミングアウトして、多くに人たちに辛い状況を見せながらも、一方勇気や優しさも与えてくれたと思う。



◆ 愛しきチャラさ

彼の口癖でした。確かにチャラかった。でも、一方とてもまじめで子供のように純心な人でもあったKさん。ライブやオープンマイクでは本人がまじめなMCをすると、すぐに恥ずかしさを隠すように、「チャラくなくて俺らしくないな~」などとよくいっていた。

そんなKさんは都内や遠方から仲間も集まるような「震災チャリティライブ」を企画し、当時何もできなかった彼自身の自己満足でやっているといいながら恥ずかしさを隠していた。ただチャラいだけの男がそれだけのことができるだろうか。

人生半ばを過ぎて気ごころに知れる友達などできないと思っていた。決して大の仲良しとなったわけではなかったけど、住まいが近くオープンマイクの帰りは一緒にバスに揺られながら、おバカな話ができる友が亡くなったことは素直に悲しい。

数日中にもう一度お別れに行くけれど、Kさんのお茶目でおバカでチャラい表情や言葉はほんとうに彼らしく、らしいのが一番いいなぁと感じさせてくれる男を忘れない。

心よりご冥福を祈ります。安らかに眠られよ。合掌





2018年8月11日土曜日

Blog Vol.34 自転車カスタマイズ


愛媛・松山ライブツアーから帰ってきたら、注文した部品が届いたと自転車屋さんから連絡が入った。アッパーハンドルほか部品一式。この自転車もマメに空気圧・オイルなどメンテしながら大切に乗っていつの間にかもう7~8年になるかな。

◆ ビッグスクーター乗り

自転車を買うまえ40半ばにして取得したバイク免許(正確にはビッグスクーター限定)で、400CCのスカイウェイブに乗っていた。当時高速道路をよく使って名古屋⇔横浜を時速135Kmで飛ばしてたことを思うと、エンジントラブルがきっかけだったけど、死ぬ前にバイクを止めてよかったかも知れないな~(^^;

◆ 愛車・ジョイコ

購入当時、ブリジストン「おしゃれで実用的な女性の為の自転車・JOSIS-WGN(ジョシスワゴン)」のキャッチフレーズだった自転車、オプションの前かごを付けて確か5~6万だったかな。ビッグスクーター同様自分は★車高の低さ★収納力にこだわりがあったので、女性仕様も迷わず買った気がする(^^



◆ラグジュアリー

バイクではなくビッグスクーターを好んで乗っていたのは、そのライディング・ポジション。踏ん反りかった感じがなんかラグジュアリーな感じがして好きやった。その雰囲気が忘れられず、この自転車も8年目にしてバーハンドルをアッパーハンドルに交換・カスタマイズ。(3段変速のギアケーブルや当然ブレーキケーブル・工賃含め全部で8千円。)

◆ 前と後ろの大きな籠

もともとこの自転車の一番のお気に入りはこの前後の籠。トイレットペーパー12ロール、ティッシュ5箱、ほか食材などいっぱい載せても、十分収まってかつこのやたら太いタイヤで安定感抜群だ。

◆ 気分が変われば

バーハンドルは前かがみになってスピード感があったのはよかった。でも超アッパーハンドルに変えたらとにかくゆったり走り、普段見過ごしてたお花や景色などの見え方が変わってなんだか楽しい♪ やたら鼻歌が自然と出て近所の人から声掛けされたり(^^♪



たかがハンドルひとつ、些細なことだけど、少し心が豊かになった気がする。さぁ、また鼻歌まじりでお買い物、そしてまた明日は楽器を積んでライブへ駅に向かおう!