2018年8月24日金曜日

『彼は逝った』Blog Vol.35


もってあと2・3ヶ月。との情報が入ったのが2日前のこと。そこから容態急変。昨日早朝4時過ぎ、音楽活動再開して最初に出会った友達が空へと旅立った。

◆ 昨日の出来事

朝5時前、親しくさせてもらっていたミュージック・バーのオーナーさんから第一報が入った。Kさん(以下故人をKさんとさせていただきます)に心を寄せ、中でもお見舞いにもよく行っていた様子の私の知る友達5人とメッセのグループスレッドを作って連絡共有。

遠方より息子さんが駆け付けて何とかギリ間に合い看取ったらしいことは知ったけど、あまりに急だったので、私の自宅から比較的近いこともあって、何はともあれ仕事を休むことを決め病院へ駆けつけた。

最初にとても小さくなったKさんをみて、また息子さんをみて(Kさん同様アーティストであり、その歌声は何とも素晴らしく何度かご一緒したことがあったので)、やはりこみ上げてくるものがあった・・・。

思っていた以上に落ち着いていた息子さんに挨拶をして、Kさんの顔をみるとそれはそれは穏やかで優しい亡き顔。

少し触れてみる。もちろん冷たい。でも、何とも優しい表情に何か救われた気がした。

それからの半日余りの時間は、息子さんの隣にいていろいろ話したり、とにかく息子さんは悲しんでいる暇もないくらい、病院・親族・市役所・ケースワーカー・葬儀社への連絡・対応が忙しいのを隣で微力ながらご一緒させていただいた。

その間も事務書類受け取りなど手伝いながら、その後主治医の先生からの経過説明・急変の状況などの診断・説明も息子さんと一緒にお話を聞くことができた。最後、呼吸困難に至った経緯などは想像するにさぞかし痛く辛かったろうにと思いながら。

続いて、当日お見舞い予定だったお友達2人も悲しい知らせを聞いて駆け付け、病室で会うことができたのは幸いだった。それから1時間ほどで午前中に息子さんが奮闘して段取りした葬儀社が到着。霊安所でお線香をあげ車が見えなくなるまで見送った。



◆ Kさんと出会って

人生半ばを過ぎての友達、出会って2年足らずの付き合い。親友といえるものではなかったかも知れないし、好みのジャンルが違ったりすごく仲良しといえるほどでもなかったけど、音楽を愛する思いやお茶目な人柄など、おバカばかりいいながらも、憎めない男でした。

オープンマイクで一緒することが多く、まだ活動再開当初の自信がなくよく凹んでた私を誉め励ましてくれ、何度も書きますが一緒のおバカな話をして和ませてくれた男でした。

病院の面会などでお男同士で二人で、何度も過去の悪さ話を武勇伝のようにお互い話しているとあっという間に時間が過ぎて笑顔が絶えなかった。

肺癌ステージ4と宣告され、私に知らせてくれたのが昨年10月頃。いや9月だったか。それから、事情を知って、恐縮と思いながらも私の音楽活動1周年記念配信ライブに友情出演依頼をしたところ、「ぜひ参加したい」と二つ返事。

結局当日は容態が優れず、それでもラジオ出演的に電話で参加・出演してくれて、皆に闘病生活や思いを語ってくれたことを今も忘れない。

後で聞いたけど、2017年の年を越せないかも知れない様子だったことを思うと、昨日までよく頑張ったとつくづく思う。SNSで自らカミングアウトして、多くに人たちに辛い状況を見せながらも、一方勇気や優しさも与えてくれたと思う。



◆ 愛しきチャラさ

彼の口癖でした。確かにチャラかった。でも、一方とてもまじめで子供のように純心な人でもあったKさん。ライブやオープンマイクでは本人がまじめなMCをすると、すぐに恥ずかしさを隠すように、「チャラくなくて俺らしくないな~」などとよくいっていた。

そんなKさんは都内や遠方から仲間も集まるような「震災チャリティライブ」を企画し、当時何もできなかった彼自身の自己満足でやっているといいながら恥ずかしさを隠していた。ただチャラいだけの男がそれだけのことができるだろうか。

人生半ばを過ぎて気ごころに知れる友達などできないと思っていた。決して大の仲良しとなったわけではなかったけど、住まいが近くオープンマイクの帰りは一緒にバスに揺られながら、おバカな話ができる友が亡くなったことは素直に悲しい。

数日中にもう一度お別れに行くけれど、Kさんのお茶目でおバカでチャラい表情や言葉はほんとうに彼らしく、らしいのが一番いいなぁと感じさせてくれる男を忘れない。

心よりご冥福を祈ります。安らかに眠られよ。合掌





2018年8月11日土曜日

Blog Vol.34 自転車カスタマイズ


愛媛・松山ライブツアーから帰ってきたら、注文した部品が届いたと自転車屋さんから連絡が入った。アッパーハンドルほか部品一式。この自転車もマメに空気圧・オイルなどメンテしながら大切に乗っていつの間にかもう7~8年になるかな。

◆ ビッグスクーター乗り

自転車を買うまえ40半ばにして取得したバイク免許(正確にはビッグスクーター限定)で、400CCのスカイウェイブに乗っていた。当時高速道路をよく使って名古屋⇔横浜を時速135Kmで飛ばしてたことを思うと、エンジントラブルがきっかけだったけど、死ぬ前にバイクを止めてよかったかも知れないな~(^^;

◆ 愛車・ジョイコ

購入当時、ブリジストン「おしゃれで実用的な女性の為の自転車・JOSIS-WGN(ジョシスワゴン)」のキャッチフレーズだった自転車、オプションの前かごを付けて確か5~6万だったかな。ビッグスクーター同様自分は★車高の低さ★収納力にこだわりがあったので、女性仕様も迷わず買った気がする(^^



◆ラグジュアリー

バイクではなくビッグスクーターを好んで乗っていたのは、そのライディング・ポジション。踏ん反りかった感じがなんかラグジュアリーな感じがして好きやった。その雰囲気が忘れられず、この自転車も8年目にしてバーハンドルをアッパーハンドルに交換・カスタマイズ。(3段変速のギアケーブルや当然ブレーキケーブル・工賃含め全部で8千円。)

◆ 前と後ろの大きな籠

もともとこの自転車の一番のお気に入りはこの前後の籠。トイレットペーパー12ロール、ティッシュ5箱、ほか食材などいっぱい載せても、十分収まってかつこのやたら太いタイヤで安定感抜群だ。

◆ 気分が変われば

バーハンドルは前かがみになってスピード感があったのはよかった。でも超アッパーハンドルに変えたらとにかくゆったり走り、普段見過ごしてたお花や景色などの見え方が変わってなんだか楽しい♪ やたら鼻歌が自然と出て近所の人から声掛けされたり(^^♪



たかがハンドルひとつ、些細なことだけど、少し心が豊かになった気がする。さぁ、また鼻歌まじりでお買い物、そしてまた明日は楽器を積んでライブへ駅に向かおう!








2018年5月18日金曜日

Relationship with スオウさん・・・Blog Vol.33



昨年夏に数十年ぶりに再会し、また一緒に活動することになった周防さん(以下敬称略)。松山のお友達はもちろん、今というかいいおっさん😄になってからの彼のことは、かえって私より最近(ここ数年~10年ほど)のお友達や音楽仲間のみなさんの方がよく知っていることと思います。なので、今の自分からみての周防のことを過去も含めて書いてみますね♪

◆ 出会い・きっかけ

彼が早稲田の学生時代だったころ、すでに社会人で上京してきた私は、ブラックコンテンポラリーのバンド仲間を探していて、当時「プレイヤー」という雑誌に募集広告を出して応募してきたのが周防でした。その後バンド結成、20代をともに活発に活動してましたが、時の流れとともにそれぞればらばらに。

そして、今から20年ほど前に一度再会。その時にアレンジャーとして仕事をしていることを知りました。駆け出しだったんでしょうか?どうでしょう?でも石嶺聡子さんなどメジャーなアーティストのアレンジを既ににやっていた様子でした。

そのとき、FMラジオ・J-Waveで使うジングルに私の声を使うってことで声掛けしてくれて、彼の自宅スタジオで歌撮りをしたことも、もう懐かしい想い出になりましたね~。

◆ お茶目なおっちゃん

まぁ、一言でいうと見た目はKISSのジーン・シモンズ似?(ヘアスタイルね)のちょっと厳つい(こともないかな😊)けど、SNSのやりとりをみてもいたって可愛らしいお茶目なおっちゃんといった感じかな。家では猫ちゃんを何匹も可愛いがり、またカブトムシも育てたりと、なんともユニークな男です(^^

野球の話になったりすると、ちょっとガラの悪い関西弁みたいな松っちゃま弁がときどきでるけどそれもご愛敬(^^!人好き・人付き合いのいい熟年になってますねッ。

20年会っていない間に、結婚して都内に一軒家を構え可愛い娘さんに恵まれてと、再会したときはもうびっくりポンでしたけど、数少ない音楽を生業としている友人であることを、嬉しくまた誇らしく思ったりするわけでして😅🍀

◆ いい仕事

さて、再会してライブを2回やって、そして次は今6/24(世田谷)・8/4(松山)に向けて様々な準備でほぼ毎日のように連絡を取り合い、週一ペースで顔を合わせているよう。リハも頑張ってますね~。

そんな中、彼は本職のアレンジの仕事はもちろん、当バンドE.G.T.やほかのバンドものマネジメント、連絡、衣装など世話係、そして、音源づくり、からのぉ~デジタル譜面おこし、コーラスパート譜面・パート別練習用音源づくりと、何から何までほんとによくやっておりやす❗️

アレンジャーという仕事柄、デジタルツールを使いこなすのは得意だとはいえ、決して楽な作業ではないはず。また、それらはとても配慮が行き届き、至りつくせりというか、私だけではなく、きっと関わっている仲間皆が感心・感謝していることでっしゃろぅ🍀

◆ ベースマン

あっ、プレイヤーとしてはベースマンなのでした(^^;なんかバンドマスターやマネージャー、そしてサウンドの屋台骨的な部分ばかりクローズアップしたけど。それ全部大変なことなんだけどね。ベースマンとしてのリズムの安定感は、当然かも知れないけど、若い頃と比べて、とても安心できるものになったのは歌い手として凄く感じるわさ。

◆ いざサウンド・歌で

まぁ、そんな彼の様子を見てるとこっちも力が入ります。私も若かりし30年前一緒にバンドをやっていた頃よりも、今の方がずっと練習コミットしてるようなことで(^^!私の音楽の中でもゴスペルな部分に特に共感してくれている周防の頑張りに応えるためにも、入魂で歌っていきまっせ~,Yea ❣

リンク ⇒ Live in Tokyo

リンク ⇒ Live in Matsuyama






2018年5月5日土曜日

子供たちへの愛と自尊心に満ちた歌詞



Greatest Love Of All

I believe the children are our are future
Teach them well and let them lead the way
Show them all the beauty they possess inside
Give them a sense of pride to make it easier

子供たちこそが未来だと信じてる
彼らを教え導きましょう
自らが持つ美しさを表現できるように
自分自身に誇りを持てるように

Let the children's laughter remind us how we used to be
Everybody searching for a hero
People need someone to look up to
I never found anyone who fulfill my needs

子供たちの笑い声が かっての私たちを思い出させる
誰もがヒーローを探してた
尊敬できる人が必要なの
私には見つけることはできなかったけど


A lonely place to be
So I learned to depend on me

孤独な場所で
私は自分だけを頼りにする事を学んだ

I decided long ago, never to walk in anyone's shadows
If I fail, if I succeed
At least I'll live as I believe
No matter what they take from me
They can't take away my dignity

ずっと前に決めた 決して誰かのマネはしないと
失敗しても 成功しても
自分の信じるように生きていく
何かを奪われようと構わない
この尊厳を奪うことなどできないのだから

Because the greatest love of all
Is happening to me
I found the greatest love of all
Inside of me
The greatest love of all
Is easy to achieve
Learning to love yourself
It is the greatest love of all

すべてを包み込む偉大な愛
私に訪れた
この素晴らしい愛を
私自身にみつけた
すべてを包み込み偉大な愛
成し遂げるのは簡単
あなた自身で学べばいい
すべてを包み込む偉大な愛を

2018年4月20日金曜日

Just Sing ~ 思い描くように ~



普段SNSなどでは主義主張などをあまり述べるタイプではありませんけど、今回「歌への思い」というテーマで少し(そこそこ長文(^^;)書いてみようと思います。今日職場からランニングしながらの帰り道、いろいろと思いが溢れ出てきたので少し整理しながら・・・。

まず、今はお酒もあまり飲めず盛り上げ下手な私は、1年数ヶ月前にエレガットを買ったことをきっかけにスタイルを変えて、弾き語りうたびととして歌い始めました。

願いはただ「自分の思い描いたように歌っていきたい」ただそれだけなんです。もちろんたくさんの人たちに聞いてもらいたいし、仲間や聴いてくださる人たちと素敵な時間や音楽を分かち合いたい。言葉にすれば「愛や勇気、また生きる喜び」が少しでも伝わりまた感じてもらえればそんな幸せで嬉しいことはありません。

でも、よく著名なアーティストやスポーツ選手が「私の歌で(プレーで)子供たちや被災者のみなさんに夢や勇気・元気を与えたい」などの言葉を聞くことがありますけど、大きな影響力のある人ならまだしも、私は恐れ多くてそんなこと考えたことすらありません。

というかそもそも夢や勇気・元気などというものは、感じ取ったり自分の中から湧き上がってくるもので、決して人から与えらえるものではないのではないでしょうか。だから誰かに憧れたりすることはとっても素敵なエネルギーとなると思っています。

さて、「自分の思い描くように歌えるように」にはいっぱい練習しなくちゃなりません。まだまだイメージと自分の歌声には大きなギャップがあります。いますべての行動や判断はこの物差しで計り、今またそこだけにフォーカスしようとしている今日この頃。

もっと若いときに、もっともっとコミットしてればという反省や思いはありながらも、今またこんなにのめり込めることも幸せなのかなと。

◆ 仕事と練習

1日24時間、眠っている以外は全て歌・音楽ってできれば幸せですが、なかなかそうはいきませんよね。歌の練習の時間を作り出すため、仕事は短時間(といっても9時~18時)に集中してこなすため、みなさんもそうであるようにストレスから夜相当疲れた状態に。なので歌練は夜はもちろんですけど、最近4時半起き(今は歳のせいも(^^;)の朝がいい感じ♪

◆ 身体づくりや食事

最近までアスリートの一面がありながらも、もともと私はあまり身体が丈夫な方ではありませんでした。今でも成人喘息もあってほんとたまにですが発作を起こします(実は3日前の夜も)。5年ほど前の発作では死ぬんじゃないかと思ったほどでした。なので、いつまでも元気で歌うためにまず健康でいられるようにと、身体にいいことだけを選んでいこうと決心して、やれる範囲で食事の工夫や運動を続けてます。

◆ ヴォイストレーニング

今とっても悩ましいのはこれです。自分の声らしきものを最近再発見したもののまだまだイメージした声が出ていません。これについてはまた改めて書いてみようと思います。

◆ お酒

お酒は人と呑むのは好き。家で1人では晩酌はしません。なので1ヶ月以上も呑まないことも。若いときはいっぱい呑めました。でも、今は2杯も呑めばすごく酔っ払い、3杯も呑むともう完璧二日酔い。で、呑んで歌うと思うように歌えず凹んでしまうので、歌う前には呑めないんですよね・・・。

◆ んなわけで

音楽や歌の楽しみ方は人それぞれ。またアーティストとしての活動スタンスもまたしかり。頻繁にライブ活動をしてたくさんの仲間とわいわいやっている様子を観たりするとちょっと羨ましいと思ったり。地域で長く続きてきた心の余裕がそうさせるのでしょうか、音楽が生活の一部のようで皆さん素敵だなぁと感じます。

お陰様で自分も活動再開1年余り。仲間も増えライブも少なからずやれるようになってきましたけど、私自身まだそんな楽しみ方はあまりできていない感じ・・。楽しんでるようで、ほんとはステージが終わったら、すぐにでも飛んで帰ってまた「自分が思い描くように歌う」ためにもっともっと練習したくて。

楽じゃないけど、でもいま日々練習する時間がとっても楽しくて。思い描くイメージに近づくために、まず自分なりにできることは精一杯やったぞというものを、この歳になってもなお積み重ねたいわけでごじゃりまする。

まぁ、こんな世迷言をここまで読んでくださった方々ありがとうございますm(__)m いくつになっても迷い探しながら、でも眉毛上げて胸張って「静かだけど元気」をモットーに、一歩ずつ前進していきますので、シュウケンの歌が少しでもいいかなって思ってもらえるなら、どうぞ見守ってやってくださいなっ(^^♪

2018年3月17日土曜日

「続けるということ」Blog Vo.30


スクラップ&ビルドの考え方は好きだ。何でもトライしてよかったら続け、よくないと感じればさっさと止めればいい。

ただ、いいと思ったことを地道に続けることは案外難しいことを歳を重ねるほど実感する。自分自身への言い訳がうまくなるからだ。


◆ 以前失敗した禁煙

禁煙当初「禁煙します!」とまずは近い職場仲間に宣言して、もう3日目にはまた吸っていました。まずはタバコを買わないこと。ってやってみましたが、当時仕事帰りに職場仲間と週に2回は呑みにいく習慣があって、もうお酒を飲むとすぐもらいタバコを数本。翌日に1箱買ってお返しするといったナンセンスなことをしてました。

最後にたどり着いた方法は、胸ポケットに封を切ったタバコを入れておき、いつでもすぐ吸える状態にして、どれだけ禁煙を続けられるかにトライ。「半日できた」よかった、「3日できた」よかった「一週間」、「一ヶ月」そして今10数年に至ります。ちっちゃな「できた」の継続と喜びがいつしか禁断症状に勝っていたのでした。いつでも吸えたその最後の1箱のタバコは自分の胸ポケットで最後にはもうボロボロになってましたけど(^^;

◆ ランニング通勤

宣言して年明けからスタート、現在も何とか続けています。ただ平日夜にリハなどが入ると、その日は職場から電車で移動となるため、ランニングはお休み。そんなことや雨が続いたりすると、翌日走るとこれがかなり辛い。なんかいいわけして止めたくなる。「花粉が多いからピークが過ぎてから再開すれば…」とか。ただ、もしそうしたらきっと再開しないだろうと思う。だから徹底的に花粉対策をして何とかまた走り続けてる。

◆ 食生活

これもときどき面倒になってもういいや~って思う時がある。忙しいとなおさらだ。10数年前はまさにその状態で今より20Kgほど大きかった(^^。タンパク質・糖質・脂質などの栄養バランス、ビタミン、カルシウム・・、そしてカロリー計算。体重計に乗ることも面倒になったり。でも「身体は食べたものでできている」そして『健康な身体であれば好きな音楽や歌をいつまでもずっと続けられる』って思ってまたやっぱりやろうと思い立つ。この繰り返し。

◆ 小さな喜びを

強い意志や目指すところへの強い思いがあれば何でも続けられるものだと知っていても、自分も弱い人間なのでついさぼりたくなったり止めたくなる。そんなときはちょっとした工夫で楽しく続けられないか、嬉しい気持ちになれないかって考えてみる。そしてまたやってみる。うまくいかなかったり、うまくいったりする。

ひとり避難訓練(^^;、オリジナル・コアリズムダンス、マイザップ(おりじなる一人ライザップ)などなどけっこう見られたら笑えることなどいろいろ考え試してやってみたし、実は今もやったりしてる(^^。

どんな小さなことでも、続けていればきっと大きな成果となって返ってくる。みんな知っている。悪いといわれる習慣は続けることはなぜか簡単。でも、心と身体にいい習慣や目標を向かって続けることは難しい。大人の生活にはいろいろとしがらみもあるから。

でも、ほんとに欲しいもの、したい生活、なりたい自分などなどにフォーカスすればきっと続けられる。そう信じてまた自分に言い聞かせて何とか また Keep On !

自分の声はこもる特性がある。でも地味に歌練をしていたら、たまにすごくぬけのいい声が出たり・いつも以上に高音が伸びたりするとちょっと嬉しくなる。

一見ストイックに見えることでも楽しくまた小さな喜びを感じられるように工夫することを忘れないようにしたい。たとえいったん中断しても再開すればいい。まさに今の音楽活動もそう。楽しいけれど楽じゃないこともそこそこある。続けていこう。その先にはさらなる喜びがきっとあるはず♪

2018年3月9日金曜日

夢か現(うつつ)かファンタジー


不思議な記憶のお話。たぶん小学校3年生の頃。

一度だけプチ家出をしたことがありまして(っていっても一晩だけ)。親の喧嘩している声を聞きたくなかったから。(といっても重く暗いお話ではありません(^^;)

で、夜暗くなってからだったと思うから20時か21時ごろだろうか。行ったところは2ヶ所。普段友達と遊んでいる公民館もある公園。そして、近所の原っぱ。

公園ではずっと空を見上げていた。ここからの記憶が夢か現かといった感じなのだが…。夜空が花火の後の余韻のように、星たちがとてもカラフルな帯を弾いて輝き、それはもう自分の視界全体にとても大きく拡がっていたのでした。

とにかく綺麗で大きくてずっと見とれてました。あんなにカラフルな夜空は現実にはないと今思うんだけど、幻でも見ていたんだろうか…?今思えば肉眼で星雲が見れるはずもないし、視界全体に広がっているはずもない。こればかりは言葉で形容しがたいほど美しい夜空というより、なにか色が爆発しているような鮮明な夜空だった。

でもはっきりと記憶に残っているんですね…、あれは何だったんだろう?
よくパップル望遠鏡が捉えたという星雲の鮮明な画像が現代では見るころができるでしょう。あんなもんじゃなくて、まぁクリアでカラフルで爆発してる感じ。

もしかして幼い自分の目はほんとうに何かを捉えていたんだろうか…、それとも想像が織り交ざって記憶として残っているのか…ファンタスティック&ミステリーです。

そうこうしているうちに、なぜか誰もいかないけれど、大好きな女の子の家がある近くの原っぱに寝そべってまた夜空を見上げていた。ごぞごそ何かの音が聞こえてきた。なぜかその時、これはモグラが巣穴を移動してるんだと確信してたのもよく覚えている。変ですね~、不思議ですね…(^^;

そうこうしてたぶん深夜の2時か3時ごろに、そぉーっと家に帰ったら、親は眠っていて大騒ぎにも何にもならなくて、独りだけの小さな冒険・ファンタジーだったのでした(^^。

その数年前に祖父が亡くなってお葬式でいろんなことを体験したこともあってか、そのころから自分はどこからきてどこへ行くのか、死ぬって何?自分はなんで生きてるの?などとときどき思うようになったのでした。その夜も不思議な夜空を観ながらそんな事を思っていたことも覚えています。

例によって、これまた散文(エッセイ)でとりとめもないわけだけど、ひとつ言えるのは脈略のないこの記憶を思い出すとき、とてもいい気分になるし何か宇宙と繋がっている感じがするんですよね~。

なぜ今夜このことをまた思い出したかもわからないけど。眠る前に書いとこってことで。長々とここまで読んでくださった方ありがとうでしたm(__)m
おやすみなさい。