2018年10月31日水曜日

おばあちゃん ~ 愛しのグランマ Blog Vol.37


たまに思い溢れて散文を書こうという気になります。「愛しのグランマ」~って、なんか曲のタイトルみたいになりましたね(^^; エッセイとしては普通だと思いますが、ブログにしてはちょっと文章量があるでしょうか。お時間があればお付き合いいただければと思います。

一般的に「おばあちゃん」は優しく穏やかなイメージがありますよね。中でも亡き私のおばあちゃんは自慢になりますけど、お茶目で愛溢れる抜群に素敵な女性でした。今でも思い出すだけで心が優しい気持ちでいっぱいになります。

私の子供の頃の話を少々。

我が家は特に決まった宗教を信仰するわけではなく、法事なども地方の仏式・和式のものでした。でも実家石川県に暮らす家族・親族の中で、ひとりだけ九州・鹿児島県種子島出身のおばあちゃんは、とても熱心なカトリック系のクリスチャンだったのです。

今でも思い出すのは教会で頭をベールで覆い、手を組みひざまずいて祈りを捧げる姿です。そして初孫の私は幼児洗礼を受け教会の隣のテレジア幼稚園へ通うことに。

スマホタップで画像アップ

そのおばあちゃんの夫、つまり私のおじいちゃんは人情派の立派な刑事でしたが、その息子たち(つまり私の父やその兄弟たち)は逆に立派な人といえる者ではなく、どちらかというと問題ばかりを起こす大人たちでした。

なので、おばあちゃんはいつも経済的にも彼らの尻拭いをしていた記憶があって…、当たり前かも知れないけれど、自分のことは後回しで息子たちや困っている人を助けることを優先していた人でした。

私の父はもう亡くなりましたが、お陰様で今のおかあさんや妹たちとはとても仲良くさせてもらって私はいま幸せです。ただ、子供の頃は父が離婚・再婚を数回繰り返していたので、穏やかな家庭ではありませんでした。

そんな中、自分はグレることはなかったけれど、たまに悪さをしたりして、父が怒って私に手をあげようとしたときも、おばあちゃんは盾になり「この子をぶつのなら、その前に私を殴りなさい」と父に言った場面は今も強烈に記憶に残っています。

さて、子供時代の話が長くなりましたけど、祖母の愛や考え方が歳を重ねた自分にも根付いていることも少しあるのかなと最近感じることも増えてきました。


◆ひとと自分への「許し」

例えば私は消費者として、商品に不具合があったり、また大事な場面でのサービスにプロとしての意識の低さを感じたときは、少し厳し目に対応することがあります。ましてや泣き寝入りすることはぜったいありません。

ただ、一方同じ感情(特に怒りなど)の位置に自分を置き続けることもありません。なぜなら自分もミスもするし、気づかずに人を不愉快にさせたり傷つけたりすることがあったと思うからです。

ネガティブな感情に心を置き続けることは何も生産的なことはないことをよく知っています。生きていると理不尽なことや自分の信条にあわないこと、また、納得できないことが少なからずありますから。

若いときは自分が正しいと思えば、条件反射的にディベートしたりしていた時期もあったと思いますが、今は相手の考え方や生き方、また環境を思い、たとえ納得できなくても、ひと呼吸おいて考え行動したり、人を許し・自分を許すことが以前に比べできるようになってきたように思います。(いうほど私は厳しい人間ではありませんが…(^^;)

その「ひと呼吸」おくとき、人はそれぞれいろんな方法やパターンがあるのではと最近感じるようになりました。私の場合は「大好きなおばあちゃんだったら、こんな場合なんて言うだろう・どう行動するだろうか」と考えています。

というのも、おばあちゃんの対応や行動・口動は一見おバカでお人よしに見えても、いつも最終的には愛に満ち溢れ、たくさんの人たちから感謝され愛されていたから。

さて、自分もあと数年で還暦を迎えますが、まだまだその域にはほど遠いと思っています。独り暮らしをしているせいもあってか、まず自分を守ってそのうえでできるかぎり誰かのために動ければという程度なのです。もっと精進しなくては…。

小学校入学式では母でなく
隣に祖母がいてくれて嬉しかった

なにか共感を求めるものでもないし、価値観を押し付けるつもりも毛頭ありません。ただ、ただ、僕の人生の一番身近にいた一番素敵な女性のおばあちゃんを思い出したのです。

思春期の頃、事情と僕のわがままもあっておばあちゃんと二人暮らしの時代も数年あったのですが、おばあちゃんはお酒も少々呑んだし、ほろ酔いになるとよく亡くなったおじいちゃんとのラブストーリーを聞かせてくれました。

おばあちゃんは何度も同じ話をするのですが、優しくまたロマンティックにそっと語るその物語り・そしてその時間が僕はほんとうに大好きでした(^^

身の回りで辛いことや理不尽なことがあっても、その話を聞くととても心が穏やかになって優しい気持ちに包まれたものです。

お茶目で可愛いく、またどこか神々しいところもあったおばあちゃん。僕はそんなおばあちゃんが大好きだし、男であっても人間として彼女のような人にいつかなれたらと思っています。

人生の最終電車に乗るような頃には一歩でも近づきたいと…。

書きながら何だか懐かしさと温もりを思い出して涙が溢れてきてしまいました…。思いつくまま書いてみたし、こんなわたくしごとの長文に最後までお付き合いいただいて、どうもありがとうございました m(__)m

2018年9月25日火曜日

親切と微笑み Blog Vol.36



今朝の出来事。この話には自分と見知らぬ若い女性二人が登場します。特に一人の女性と私の心の動きに注目して読んでもらえると面白いかもです🍀(オチは期待しないでね🤣

今日は一日新宿で仕事。朝8時頃、町田から新宿行きの小田急快速急行に乗車。普段ピークの移動は避けるのだけど、今日は通勤ラッシュに乗って気分も憂鬱。「満員だぁ・・・。」

最初の駅「新百合ヶ丘」で目の前の座ってた人が降車。「おっ、座れる!」まぁついてると思って座ったところからこのお話が始まります。

すると、となりの寝てた若い女性が5分もしないうちに、頭をもたれかけてきた。もたれかたが半端なく凄い・ヤバい😱

肩にもたれるどころではなく、もう私の首筋にピッタリくっつくくらいだ。悪い気はしないけど、あまりの大胆無防備さに驚いたわ!(この女性は後にまた登場します・・・脇役で^^)

さて、ここからがメインストーリー。目の前にまた20代半ばくらいの別の女性が窮屈そうに立っている。とっても素敵な女性だ。

よく見てみると背中にはディバッグ、そして足元にはビニール袋いっぱいのお土産。そして、片手で吊革を持ち、さらにもう片手には紙袋にお菓子らしきお土産がこれまたいっぱい。

たぶん、休日の旅行土産で、連休明けの今日職場へ持っていって配るんだろうなぁと想像しながら見ていたら、電車は揺れ満員状況が半端なくて、その片手の紙袋お土産袋が人と角のレールに挟まったりで、あぁ、紙の取っ手が破れそう・・・、さらに姿勢も辛そうだ・・・。

「どうぞ、私の膝の上に置いてもらっていいですよ」などと気軽に親切を言いたいところだけど、なぜか恥ずかしくて言葉がでない。

周りの人たちに仰々しい親切に映らないだろうか・・・などと勇気がでない。ん~、情けなくカッコ悪いなぁ俺・・・と思ったり。

しかし、今朝は悪シュウケンではない!意を決して、その女性の腕のあたりをツンとおして、その押した指で自分の膝の上を指差し、つかさず顔を上げ女性の目をみて視線を自分の膝へ落として、一言小声で「どうぞ」と言ってみた。

すると、その女性は私の気持ちと状況を一瞬で理解したようで、躊躇することなく即わたしの膝へお土産いっぱいの紙袋を預け「ありがとうございます。」と優しく微笑んだ。

小さな親切だけどアクションしてよかったと安堵しながら、周りをみてみるとほかの人たちは立ち寝してたりスマホしたりで案外気づかれてない様子で、仰々しい親切の押し売りにならなくてよかったと再び思った。

でも、なぜか恥ずかしくて、その女性とはしばらく目を合わせられず下を向いていた・・・そのとき!

となりの自分の首筋まで頭を持たれかけて爆睡している女性が、「がっくん」となった。普通そうなると、はたと我に返ってもとに姿勢に一度戻りますよね~。

しかし、なんとその女性は何を安心してるのか、がっくんしてもいっこうにもたれかかったまま爆睡して、しばらくしてまた「がっくん」を繰り返すのだわさ(^^;

何か自分もおかしくなってきてうつむきながらそっと微笑んでいたら、何やら視線を感じるんだよね~。見上げたら、荷物を預けたその女性も優しく微笑んでるだわ~。

そんなかんだでそこから新宿までの約20分ほどの間、私と目の前の女性はとなりが「がっくん」するたびに、二人で会話を交わすこともなく、ただ目を合わせて微笑みあう時間が続きました。

新宿に到着すると、となりの「爆睡がっくん首筋まで頭もたれ女」は何事もなかったようにそそくさと先に降車🤣

そして、前の女性は私からお土産の詰まった紙袋を受け取ると、最後に微笑みではなく満面の笑顔で「どうもありがとうございました~(^^♪」と丁寧に挨拶をして、お互い降車してそれぞれの道を行きました🍀

なんといったらいいか、躊躇しながらも思わぬ小さな親切を何とかすることができたことと、そしてそれがきっかけでちょっと愉快なひとときと心に爽やかなそよ風が吹いて、今日一日とってもいい気分で仕事ができましたょ~(^^♪

2018年8月24日金曜日

『彼は逝った』Blog Vol.35


もってあと2・3ヶ月。との情報が入ったのが2日前のこと。そこから容態急変。昨日早朝4時過ぎ、音楽活動再開して最初に出会った友達が空へと旅立った。

◆ 昨日の出来事

朝5時前、親しくさせてもらっていたミュージック・バーのオーナーさんから第一報が入った。Kさん(以下故人をKさんとさせていただきます)に心を寄せ、中でもお見舞いにもよく行っていた様子の私の知る友達5人とメッセのグループスレッドを作って連絡共有。

遠方より息子さんが駆け付けて何とかギリ間に合い看取ったらしいことは知ったけど、あまりに急だったので、私の自宅から比較的近いこともあって、何はともあれ仕事を休むことを決め病院へ駆けつけた。

最初にとても小さくなったKさんをみて、また息子さんをみて(Kさん同様アーティストであり、その歌声は何とも素晴らしく何度かご一緒したことがあったので)、やはりこみ上げてくるものがあった・・・。

思っていた以上に落ち着いていた息子さんに挨拶をして、Kさんの顔をみるとそれはそれは穏やかで優しい亡き顔。

少し触れてみる。もちろん冷たい。でも、何とも優しい表情に何か救われた気がした。

それからの半日余りの時間は、息子さんの隣にいていろいろ話したり、とにかく息子さんは悲しんでいる暇もないくらい、病院・親族・市役所・ケースワーカー・葬儀社への連絡・対応が忙しいのを隣で微力ながらご一緒させていただいた。

その間も事務書類受け取りなど手伝いながら、その後主治医の先生からの経過説明・急変の状況などの診断・説明も息子さんと一緒にお話を聞くことができた。最後、呼吸困難に至った経緯などは想像するにさぞかし痛く辛かったろうにと思いながら。

続いて、当日お見舞い予定だったお友達2人も悲しい知らせを聞いて駆け付け、病室で会うことができたのは幸いだった。それから1時間ほどで午前中に息子さんが奮闘して段取りした葬儀社が到着。霊安所でお線香をあげ車が見えなくなるまで見送った。



◆ Kさんと出会って

人生半ばを過ぎての友達、出会って2年足らずの付き合い。親友といえるものではなかったかも知れないし、好みのジャンルが違ったりすごく仲良しといえるほどでもなかったけど、音楽を愛する思いやお茶目な人柄など、おバカばかりいいながらも、憎めない男でした。

オープンマイクで一緒することが多く、まだ活動再開当初の自信がなくよく凹んでた私を誉め励ましてくれ、何度も書きますが一緒のおバカな話をして和ませてくれた男でした。

病院の面会などでお男同士で二人で、何度も過去の悪さ話を武勇伝のようにお互い話しているとあっという間に時間が過ぎて笑顔が絶えなかった。

肺癌ステージ4と宣告され、私に知らせてくれたのが昨年10月頃。いや9月だったか。それから、事情を知って、恐縮と思いながらも私の音楽活動1周年記念配信ライブに友情出演依頼をしたところ、「ぜひ参加したい」と二つ返事。

結局当日は容態が優れず、それでもラジオ出演的に電話で参加・出演してくれて、皆に闘病生活や思いを語ってくれたことを今も忘れない。

後で聞いたけど、2017年の年を越せないかも知れない様子だったことを思うと、昨日までよく頑張ったとつくづく思う。SNSで自らカミングアウトして、多くに人たちに辛い状況を見せながらも、一方勇気や優しさも与えてくれたと思う。



◆ 愛しきチャラさ

彼の口癖でした。確かにチャラかった。でも、一方とてもまじめで子供のように純心な人でもあったKさん。ライブやオープンマイクでは本人がまじめなMCをすると、すぐに恥ずかしさを隠すように、「チャラくなくて俺らしくないな~」などとよくいっていた。

そんなKさんは都内や遠方から仲間も集まるような「震災チャリティライブ」を企画し、当時何もできなかった彼自身の自己満足でやっているといいながら恥ずかしさを隠していた。ただチャラいだけの男がそれだけのことができるだろうか。

人生半ばを過ぎて気ごころに知れる友達などできないと思っていた。決して大の仲良しとなったわけではなかったけど、住まいが近くオープンマイクの帰りは一緒にバスに揺られながら、おバカな話ができる友が亡くなったことは素直に悲しい。

数日中にもう一度お別れに行くけれど、Kさんのお茶目でおバカでチャラい表情や言葉はほんとうに彼らしく、らしいのが一番いいなぁと感じさせてくれる男を忘れない。

心よりご冥福を祈ります。安らかに眠られよ。合掌





2018年8月11日土曜日

Blog Vol.34 自転車カスタマイズ


愛媛・松山ライブツアーから帰ってきたら、注文した部品が届いたと自転車屋さんから連絡が入った。アッパーハンドルほか部品一式。この自転車もマメに空気圧・オイルなどメンテしながら大切に乗っていつの間にかもう7~8年になるかな。

◆ ビッグスクーター乗り

自転車を買うまえ40半ばにして取得したバイク免許(正確にはビッグスクーター限定)で、400CCのスカイウェイブに乗っていた。当時高速道路をよく使って名古屋⇔横浜を時速135Kmで飛ばしてたことを思うと、エンジントラブルがきっかけだったけど、死ぬ前にバイクを止めてよかったかも知れないな~(^^;

◆ 愛車・ジョイコ

購入当時、ブリジストン「おしゃれで実用的な女性の為の自転車・JOSIS-WGN(ジョシスワゴン)」のキャッチフレーズだった自転車、オプションの前かごを付けて確か5~6万だったかな。ビッグスクーター同様自分は★車高の低さ★収納力にこだわりがあったので、女性仕様も迷わず買った気がする(^^



◆ラグジュアリー

バイクではなくビッグスクーターを好んで乗っていたのは、そのライディング・ポジション。踏ん反りかった感じがなんかラグジュアリーな感じがして好きやった。その雰囲気が忘れられず、この自転車も8年目にしてバーハンドルをアッパーハンドルに交換・カスタマイズ。(3段変速のギアケーブルや当然ブレーキケーブル・工賃含め全部で8千円。)

◆ 前と後ろの大きな籠

もともとこの自転車の一番のお気に入りはこの前後の籠。トイレットペーパー12ロール、ティッシュ5箱、ほか食材などいっぱい載せても、十分収まってかつこのやたら太いタイヤで安定感抜群だ。

◆ 気分が変われば

バーハンドルは前かがみになってスピード感があったのはよかった。でも超アッパーハンドルに変えたらとにかくゆったり走り、普段見過ごしてたお花や景色などの見え方が変わってなんだか楽しい♪ やたら鼻歌が自然と出て近所の人から声掛けされたり(^^♪



たかがハンドルひとつ、些細なことだけど、少し心が豊かになった気がする。さぁ、また鼻歌まじりでお買い物、そしてまた明日は楽器を積んでライブへ駅に向かおう!








2018年5月18日金曜日

Relationship with スオウさん・・・Blog Vol.33



昨年夏に数十年ぶりに再会し、また一緒に活動することになった周防さん(以下敬称略)。松山のお友達はもちろん、今というかいいおっさん😄になってからの彼のことは、かえって私より最近(ここ数年~10年ほど)のお友達や音楽仲間のみなさんの方がよく知っていることと思います。なので、今の自分からみての周防のことを過去も含めて書いてみますね♪

◆ 出会い・きっかけ

彼が早稲田の学生時代だったころ、すでに社会人で上京してきた私は、ブラックコンテンポラリーのバンド仲間を探していて、当時「プレイヤー」という雑誌に募集広告を出して応募してきたのが周防でした。その後バンド結成、20代をともに活発に活動してましたが、時の流れとともにそれぞればらばらに。

そして、今から20年ほど前に一度再会。その時にアレンジャーとして仕事をしていることを知りました。駆け出しだったんでしょうか?どうでしょう?でも石嶺聡子さんなどメジャーなアーティストのアレンジを既ににやっていた様子でした。

そのとき、FMラジオ・J-Waveで使うジングルに私の声を使うってことで声掛けしてくれて、彼の自宅スタジオで歌撮りをしたことも、もう懐かしい想い出になりましたね~。

◆ お茶目なおっちゃん

まぁ、一言でいうと見た目はKISSのジーン・シモンズ似?(ヘアスタイルね)のちょっと厳つい(こともないかな😊)けど、SNSのやりとりをみてもいたって可愛らしいお茶目なおっちゃんといった感じかな。家では猫ちゃんを何匹も可愛いがり、またカブトムシも育てたりと、なんともユニークな男です(^^

野球の話になったりすると、ちょっとガラの悪い関西弁みたいな松っちゃま弁がときどきでるけどそれもご愛敬(^^!人好き・人付き合いのいい熟年になってますねッ。

20年会っていない間に、結婚して都内に一軒家を構え可愛い娘さんに恵まれてと、再会したときはもうびっくりポンでしたけど、数少ない音楽を生業としている友人であることを、嬉しくまた誇らしく思ったりするわけでして😅🍀

◆ いい仕事

さて、再会してライブを2回やって、そして次は今6/24(世田谷)・8/4(松山)に向けて様々な準備でほぼ毎日のように連絡を取り合い、週一ペースで顔を合わせているよう。リハも頑張ってますね~。

そんな中、彼は本職のアレンジの仕事はもちろん、当バンドE.G.T.やほかのバンドものマネジメント、連絡、衣装など世話係、そして、音源づくり、からのぉ~デジタル譜面おこし、コーラスパート譜面・パート別練習用音源づくりと、何から何までほんとによくやっておりやす❗️

アレンジャーという仕事柄、デジタルツールを使いこなすのは得意だとはいえ、決して楽な作業ではないはず。また、それらはとても配慮が行き届き、至りつくせりというか、私だけではなく、きっと関わっている仲間皆が感心・感謝していることでっしゃろぅ🍀

◆ ベースマン

あっ、プレイヤーとしてはベースマンなのでした(^^;なんかバンドマスターやマネージャー、そしてサウンドの屋台骨的な部分ばかりクローズアップしたけど。それ全部大変なことなんだけどね。ベースマンとしてのリズムの安定感は、当然かも知れないけど、若い頃と比べて、とても安心できるものになったのは歌い手として凄く感じるわさ。

◆ いざサウンド・歌で

まぁ、そんな彼の様子を見てるとこっちも力が入ります。私も若かりし30年前一緒にバンドをやっていた頃よりも、今の方がずっと練習コミットしてるようなことで(^^!私の音楽の中でもゴスペルな部分に特に共感してくれている周防の頑張りに応えるためにも、入魂で歌っていきまっせ~,Yea ❣

リンク ⇒ Live in Tokyo

リンク ⇒ Live in Matsuyama






2018年5月5日土曜日

子供たちへの愛と自尊心に満ちた歌詞



Greatest Love Of All

I believe the children are our are future
Teach them well and let them lead the way
Show them all the beauty they possess inside
Give them a sense of pride to make it easier

子供たちこそが未来だと信じてる
彼らを教え導きましょう
自らが持つ美しさを表現できるように
自分自身に誇りを持てるように

Let the children's laughter remind us how we used to be
Everybody searching for a hero
People need someone to look up to
I never found anyone who fulfill my needs

子供たちの笑い声が かっての私たちを思い出させる
誰もがヒーローを探してた
尊敬できる人が必要なの
私には見つけることはできなかったけど


A lonely place to be
So I learned to depend on me

孤独な場所で
私は自分だけを頼りにする事を学んだ

I decided long ago, never to walk in anyone's shadows
If I fail, if I succeed
At least I'll live as I believe
No matter what they take from me
They can't take away my dignity

ずっと前に決めた 決して誰かのマネはしないと
失敗しても 成功しても
自分の信じるように生きていく
何かを奪われようと構わない
この尊厳を奪うことなどできないのだから

Because the greatest love of all
Is happening to me
I found the greatest love of all
Inside of me
The greatest love of all
Is easy to achieve
Learning to love yourself
It is the greatest love of all

すべてを包み込む偉大な愛
私に訪れた
この素晴らしい愛を
私自身にみつけた
すべてを包み込み偉大な愛
成し遂げるのは簡単
あなた自身で学べばいい
すべてを包み込む偉大な愛を

2018年4月20日金曜日

Just Sing ~ 思い描くように ~



普段SNSなどでは主義主張などをあまり述べるタイプではありませんけど、今回「歌への思い」というテーマで少し(そこそこ長文(^^;)書いてみようと思います。今日職場からランニングしながらの帰り道、いろいろと思いが溢れ出てきたので少し整理しながら・・・。

まず、今はお酒もあまり飲めず盛り上げ下手な私は、1年数ヶ月前にエレガットを買ったことをきっかけにスタイルを変えて、弾き語りうたびととして歌い始めました。

願いはただ「自分の思い描いたように歌っていきたい」ただそれだけなんです。もちろんたくさんの人たちに聞いてもらいたいし、仲間や聴いてくださる人たちと素敵な時間や音楽を分かち合いたい。言葉にすれば「愛や勇気、また生きる喜び」が少しでも伝わりまた感じてもらえればそんな幸せで嬉しいことはありません。

でも、よく著名なアーティストやスポーツ選手が「私の歌で(プレーで)子供たちや被災者のみなさんに夢や勇気・元気を与えたい」などの言葉を聞くことがありますけど、大きな影響力のある人ならまだしも、私は恐れ多くてそんなこと考えたことすらありません。

というかそもそも夢や勇気・元気などというものは、感じ取ったり自分の中から湧き上がってくるもので、決して人から与えらえるものではないのではないでしょうか。だから誰かに憧れたりすることはとっても素敵なエネルギーとなると思っています。

さて、「自分の思い描くように歌えるように」にはいっぱい練習しなくちゃなりません。まだまだイメージと自分の歌声には大きなギャップがあります。いますべての行動や判断はこの物差しで計り、今またそこだけにフォーカスしようとしている今日この頃。

もっと若いときに、もっともっとコミットしてればという反省や思いはありながらも、今またこんなにのめり込めることも幸せなのかなと。

◆ 仕事と練習

1日24時間、眠っている以外は全て歌・音楽ってできれば幸せですが、なかなかそうはいきませんよね。歌の練習の時間を作り出すため、仕事は短時間(といっても9時~18時)に集中してこなすため、みなさんもそうであるようにストレスから夜相当疲れた状態に。なので歌練は夜はもちろんですけど、最近4時半起き(今は歳のせいも(^^;)の朝がいい感じ♪

◆ 身体づくりや食事

最近までアスリートの一面がありながらも、もともと私はあまり身体が丈夫な方ではありませんでした。今でも成人喘息もあってほんとたまにですが発作を起こします(実は3日前の夜も)。5年ほど前の発作では死ぬんじゃないかと思ったほどでした。なので、いつまでも元気で歌うためにまず健康でいられるようにと、身体にいいことだけを選んでいこうと決心して、やれる範囲で食事の工夫や運動を続けてます。

◆ ヴォイストレーニング

今とっても悩ましいのはこれです。自分の声らしきものを最近再発見したもののまだまだイメージした声が出ていません。これについてはまた改めて書いてみようと思います。

◆ お酒

お酒は人と呑むのは好き。家で1人では晩酌はしません。なので1ヶ月以上も呑まないことも。若いときはいっぱい呑めました。でも、今は2杯も呑めばすごく酔っ払い、3杯も呑むともう完璧二日酔い。で、呑んで歌うと思うように歌えず凹んでしまうので、歌う前には呑めないんですよね・・・。

◆ んなわけで

音楽や歌の楽しみ方は人それぞれ。またアーティストとしての活動スタンスもまたしかり。頻繁にライブ活動をしてたくさんの仲間とわいわいやっている様子を観たりするとちょっと羨ましいと思ったり。地域で長く続きてきた心の余裕がそうさせるのでしょうか、音楽が生活の一部のようで皆さん素敵だなぁと感じます。

お陰様で自分も活動再開1年余り。仲間も増えライブも少なからずやれるようになってきましたけど、私自身まだそんな楽しみ方はあまりできていない感じ・・。楽しんでるようで、ほんとはステージが終わったら、すぐにでも飛んで帰ってまた「自分が思い描くように歌う」ためにもっともっと練習したくて。

楽じゃないけど、でもいま日々練習する時間がとっても楽しくて。思い描くイメージに近づくために、まず自分なりにできることは精一杯やったぞというものを、この歳になってもなお積み重ねたいわけでごじゃりまする。

まぁ、こんな世迷言をここまで読んでくださった方々ありがとうございますm(__)m いくつになっても迷い探しながら、でも眉毛上げて胸張って「静かだけど元気」をモットーに、一歩ずつ前進していきますので、シュウケンの歌が少しでもいいかなって思ってもらえるなら、どうぞ見守ってやってくださいなっ(^^♪